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(2023年11月7日、榎木記載)

私はこれまで一貫して、哺乳類の中枢神経系の生理機能を可視化することで、そのメカニズムを解明する研究を行ってきた。私の研究の特色は、興味対象である生命現象の特性や時間スケールに最適な光イメーイング計測技術や実験系を構築し、新しい研究技術を積極的に組み合わせることで、未解決の問題に取り取り組み、新しい生命現象の発見へと繋げることにある。

中枢神経細胞の生理機能の可視化解析

大学~大学院在籍時には、神経細胞-グリア細胞のイメージングの先駆者である工藤佳久教授、宮川博義助教授(当時)に従事し、神経生理機能の可視化解析の研究を行った。膜電位光計測や電気生理学を用いて海馬錐体細胞の樹状突起におけるシナプス電位と活動電位の発生-伝搬のメカニズムを解明し(Enoki et al., Hippocampus 2002, Neuroscience, 2003等)(図1左)、一連の研究により博士(生命科学)を短期取得した。博士課程2年次からは、慶應義塾大学医学部の金子章道教授、小泉周教授(当時)との共同研究を開始し(博士号取得後、助手に着任)、網膜細胞における樹状突起のCa2+動態を高速イメージング計測により可視化し、その作動メカニズムを解明した(Azuma, Enoki et al., Brain Res., 2004等)(図1中央)。2003年からは英国とカナダに研究留学し、多光子レーザー顕微鏡を用いた海馬神経細胞の樹状突起スパインの可視化の研究を行った。海馬の長期可塑性の発見であるTimothy Bliss博士、および、神経系における共焦点計測の先駆者であるAlan Fine博士に従事し、定説とは異なる「シナプス前終末における伝達物質放出確率の可塑性」を報告した(Enoki et al., Neuron, 2009)(図1右)。この論文は現在でもシナプス前終末の可塑性を示す強力な証拠として引用され続けている。

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哺乳類の生物時計の可視化解析

2008年に日本に帰国し、北海道大学医学部生理学教室の助教として赴任し、生物時計の研究を開始した(図2)。生物時計研究の大家である本間研一教授と本間さと教授と共に、当時困難と考えられてきた数日から週レベルの超長時間スケールの光イメージング計測法を確立し(Enoki et al., J.Neurosci Methods, 2012)、哺乳類の生物時計中枢である視交叉上核の神経回路における概日Ca2+リズムの時空間パターンの発見(Enoki et al., PNAS, 2012)、時計遺伝子欠損細胞における概日Ca2+リズムの発見(Enoki et al., Scientific Reports, 2017)、膜電位の概日リズムの発見(Enoki et al., PNAS, 2017)、マイクロパターン基板を用いた単1神経細胞計測による概日リズム発振メカニズムの発見(Hirata, Enoki et al. Scientific Rep, 2019)、概日リズム中枢の主な情報出力先の室傍核/傍室傍核領域におけるウルトラディアンカルシウムリズムの発見(Wu, Enoki et al., PNAS, 2018、復旦大学との国際共同研究)など、様々な新発見に繋げてきた(Ono et al., PNAS, 2017)(図2)。この間、大型プロジェクト「先端光イメージング研究拠点形成プロジェクト」および未来創薬・医療イノベーション拠点形成事業」の中心研究者としてプロジェクトを推進した。これまで私が確立した数日レベルの長期間の多機能計測は殆ど行われておらず、その測定技術は他の追随を許さないレベルにあると自負している。

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2018年からは北海道大学電子科学研究所の光細胞生理研究分野(根本知己教授)の准教授として着任し、研究-教育活動に尽力した。翌年には研究室の移籍に伴い、生命創成探究センターおよび生理学研究所に異動し、バイオフォトニクス研究部門の新規立ち上げに携わった。新部門では概日時計の可視化研究をさらに深化させ、共同研究により自由行動マウスからのCa2+リズムの光計測(Maejima et al., PNAS, 2021)、低温環境下ではCa2+イオンによる概日時計の温度補償メカニズムなどを報告した(Kon et al., Science Advances, 2021)。また新規イメージング法の開発にも関わり、光ニードルを用いた高速3次元脳イメージング法を報告した(Chang et al., Scientific Reports, 2022)。また研究室の特色である先端顕微鏡を用いた高解像の光イメージング技術を駆使し、現在は高解像イメージングによる細胞内小器官レベルでの概日リズムの可視化研究が進行中である。

哺乳類冬眠の生理機能の解明へ

岡崎への異動と、2020年の学術変革領域B「冬眠生物学」の採択を受けて、冬眠研究を本格的に開始した。また生命創成探究センターの連携研究および計画研究によるサポートにより、センター内に冬眠実験室を設置し、深冬眠動物であるシリアンハムスターの冬眠実験を可能としている。他にも、様々な自由行動動物の脳深部からの光ファイバー測定やミニスコープ計測などを稼働させ、動物個体レベルの冬眠研究が進行中である。また低温環境下での細胞-組織レベルの光タイムラプスイメージング法を確立し、低温環境における概日リズムの特性を解明し、概日カルシウム振動が時計遺伝子の転写振動よりも安定な上流振動体であることを見いだした(Enoki et al., iScience, 2023)(図3)。2023年には学術変革領域A「冬眠生物学2.0」に採択され、現在5ヶ年計画のチーム型の研究が開始しており、日本での冬眠生物学の勃興を目指している

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哺乳類冬眠の生理機構

哺乳類は体温恒常性を有する「恒温動物」であり、体温 を37℃前後の極めて狭い温度域に生理機能を至適化しており、僅か数度でもこの体温域から逸脱した状態が続くとすぐに生理機能が破綻し、全身恒常性が乱れてして不可逆的な損傷を受ける。従来の多くの哺乳類研究は、この極めて狭い温度域における生理機能の原理究明を行ってきたが、一部の哺乳類は、冬季の食料が厳しい季節を乗り切る生存戦略として、能動的に代謝を抑制した「冬眠状態」となる能力を有する。冬眠は数ヶ月の期間に及び、かつ数日に一度自発的に復温する「中途覚醒」が幾度も繰り返されるものの、細胞や臓器に一切のダメージがみられない。冬眠にみられる極端な体温低下は、中枢神経系の体温制御や代謝機能、自律神経系、内分泌系の制御と密接に関わるはずだが、これまでの冬眠研究は現象論の記述に留まるものが大半で、その分子~細胞~神経回路レベルのメカニズムの多くが未知である

​ 私は、これまで極めて狭い範囲の温度帯域でしか理解されてこなかった中枢神経系の理解を、極端な低温領域まで拡張することで、これまで見過ごされてきた神経機能を見いだし理解することを目指して行く。具体的には、私が得意とする光イメージング計測を基軸に、脳内神経活動、全身代謝、概日時計のメカニズムに着目して研究を推進し、「低温神経科学」を創成する。

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